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第1話 実家が空き家になった!父母のラブレター

【第1話のあらすじ」

「淀江プロジェクト」第1話・・・この物語の中心人物 洋子の父が亡くなり、実家が空き家となる。結婚する前の父母のラブレターを発見し、いろんな思い出を振り返る姉弟。これから発生する相続問題、空き家問題はどうするのか、どうなるのか、まだ見当もつかない中で、淀江プロジェクトに繋がる微かな予兆が動き始める。


父が亡くなり、実家が空き家になる

2017年9月23日、この物語の中心人物 洋子の父 茂が帰らぬ人となった。享年89歳。洋子の母 景子が2009年2月24日に享年76歳でこの世を去ってから約8年半余り、「お母さんが居なくて寂しい・・・」と言い続けていた父は、愛する母のもとへと旅立っていった。

 

洋子は鳥取県米子市淀江町で生まれ育ち、18歳で実家を離れ、4年間の山口生活を経て、就職で大阪へ。以来、ずっと大阪で暮らしてきた。

洋子の二つ下の弟 衆 も19歳で実家を離れ、4年間の福岡生活を経て商社マンとなり、東京・横浜・パース(オーストラリア)・ロンドン(イギリス)・武漢(中国)・名古屋など、転勤しながら各地に居住していた。

 

独り暮らしだった父が亡くなり、洋子の実家は空き家となった。


父母のラブレター発見!

父の葬儀の時、弟の 衆 がタンスの中から見つけたのは、父母がやり取りしたラブレターの数々。1958年8月の終わりにお見合いして、そこから始まった手紙やはがきのやり取り。

 

10月には結婚式を挙げ、父は島根県浜田・母は鳥取県米子で離れ離れで暮らし、12月末に一緒に暮らすようになるまでのお互いを想い合う崇高な24通のやり取り。自分たちの知らなかった父母の出会いからの様子を垣間見て、幼い頃の父母との思い出などを振り返る姉弟。

洋子は「一旦大阪に持って帰って、時間ができたら、時系列に並べ直してみるよ」と衆に告げる。

 


1年後の淀江プロジェクトに繋がる微かな予兆

洋子の弟 衆が

「僕は横浜に持ち家があるし、こっちに帰る気はないし、子どもたちもここに住むことは無いから、洋子ちゃん、いずれ、この家に住んでよ。」

と語りかける。

「そうだね。お父さんも『洋子さんがここに住んでくれたらなぁ』って言ってくれてたし、65歳くらいになったら大阪から引っ越してきてこっちでお父さんと一緒に住もうかとも思っていたから、それもありだよね。」

という洋子の言葉に対し、大阪で育ち、京都で大学生活を送り、東京の大学院に通っていた洋子の息子 義邦は、

「東京からここは遠いよ。大阪なら交通の便も良くて東京から帰りやすいし、友達もたくさん居るから、しょっちゅう帰ってくると思うけど、お母さんが淀江に住むようになったら、なかなか来れないと思うよ。もう淀江の家は売ってしまったら?」

と返す。

「いいねん、よしくんはここに来てくれなくても。世界で活躍してよ。こっちに住むことになったとしてもよしくんとはリモートで会話するでいいよ。お母さんはお母さんで若い子をここにたくさん呼んで、その子たちと楽しくやっていくから。」と返す洋子。

若い子たち・・・の当てがあったわけでもなく、思い当たる若い子がいたわけでもなく、ただ何気なく出てきた言葉。

それは、結果的にその1年後に起こる出会いを予兆する言葉となる。